囁ける水を凍らせ今冬の黒き玄武は眠らず起きず
北を仰げば雪をまとう山
稜線は冬の空に堅固で
その山が遠いのか近いのか
距離さえ特定できない
と言うより今居る場所さえ判らない
玄武は言った
お前の山だ
わたしはその山の斜面に立ち
摂氏マイナス五十度の空気を
肌に感じている
想え 想え 北の山
降り積もる雪は凍り
その上にまた雪は降り積もり
誰も寄せ付けぬわたしの山よ
こんな地と空の境界に
稜線を連ねる北の山々にも
昼と夜は役割をたがえ
入れ替わりやってくる
夜が来れば
北極星は今夜もまた不動だ
玄武よ あなたの神ですね
あなたの背の向う
あなたの頭上にある
北極星は不動
今 いっさいの生き物を拒絶する
この山にわたしは在って
わたしは此処に来た
誰はばかることなく叫ぶのだ
わたしは来た と
この厳冬の山に玄武はわたしを置き
そして山を賜った
お前の山だ
わたしの着ている白い毛皮は
山を抱くための衣装で
おそらく玄武は黒い毛皮で
この山稜を一日導いてくれるだろう
雪よりも 氷よりも
いっそう深く厳しく冷たいもの
―――――――――――― 冬
その冷たさがわたしを覚醒させ
また 雌伏させ
眠らせる冬
冬こそわたしを働かせ
祈らせ
希望を与える
明日 部屋へ帰ると
日本は小さな小さな冬を迎えるだろう
立冬だ
ささやかに暖をとって
風邪なんかひいて
手袋をはめて
オフィスへ通うんだ
帰る場所を定めたわたしの心に
雪と氷を宿して
玄武の山はわたしを励まし続ける
大神のつくり給うた
時計のように無心になって
日々の業を成し遂げるんだ
厳冬の山
雪の山
地と空の境界の山
わたしが帰る玄武の冬の山