偏頭痛 サプリ

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十一月も終わりになると街はすっかり歳末モードに変わって、俺は丸の内の約束のカフェに急いだ。用を頼んだこっちが遅れてはすまないので、会社の仕事を四時には終わらせて、その後の手続きや後始末や申し送りを片づけて、六時には会社を出ることができた。地下鉄大手町駅で電車を降りると、手慣れた風情で地下道を突っ切ってTビルに到着する。ここの「モンスーンぱらぱら」というカフェで木嶋百合阿は待っている。タブレットで読書をしている彼女を見つけると、手を挙げて近づいて行った。彼女は言った。

「先月ぶり。」

彼女への頼み事は娘の晶良へのクリスマスプレゼントの見立てだった。

木嶋百合阿は長かった派遣業務での仕事をリタイアすると、アクセサリーの輸入販売を始めた。海外の製造元から直に買い入れ、日本で売るのだ。

「人も欲しいけど、英語のやり取りで間違いの契約されても困るのよ。」

という話。

売るのはネットのサイトで、お買い物カートをプログラムして商品を並べている。鑑定書付きの高級なものと違って、デザイン命、だそうだ。そして「粗利」もいい線だと言う。俺は、自分の仕事はもっぱらひと様のために仕事を取ってくるいわゆる営業代行で、業種や規模によって粗利はかなり違ってくることは知っているけれど、輸入小売業の粗利がどの線いけばいい線なのだかよく判らない。

彼女に言わせると、

「仕入原価は企業秘密。」

で、これを明かすと牙城は見る間に崩れていくのだそうだ。

そうだ、そうだ、と聞いたまま語っているわけだ。


娘晶良は今年中学三年で、今受験勉強の真っただ中だ。俺としては私立女子高へ入れてやりたい。花嫁修業をさせるわけではなく、女性社会で「頭」を出してもらいたいのだ。男女共学の女子生徒がもっぱら男子生徒頼みだったことは、俺の高校生活で身に沁みている。だからまず、小さな成功を一つづつ積み上げていって欲しい。受験業界は、お正月を受験戦争の休戦期としてはくれない。そんなわけで、クリスマスイブの夜、嫁の手料理で、俺のプレゼントで、年の終わりを祝いたい、そして百合阿を呼んだのだ。

こんな家族の私情を木嶋百合阿はなんの抵抗もなく受け入れてくれた。

この日百合阿は、アクセサリーの写真とサイズと材質が書かれたカラーのプリントを持って来てくれていて、

「ふむふむ、プレゼントはサプライズ。」

「なにがプレゼントとなるかはお楽しみ。」

などと言って、そのプリントに載せられた三十あまりのペンダントや、指輪や、ネックレスの説明をした。

百合阿は始終、

「晶良ちゃん。」

「晶良ちゃん。」

と口にした。その響きは心地よく、俺は自分の娘が他人に愛される喜びを今更ながら感じていた。百合阿はもちろん、晶良とは会ったことはない。しかし、商売人の物腰と、女性としてのたしなみと、そして気づいたことは百合阿の人柄だった。

年端もいかない余所の娘を一人前のレディーとして扱ってくれている。

その夜は、俺好みのペンダントと指輪を二つづつほど選んで、

「結論は先延ばし。」

としてディナーを始めた。

飲食店とは不思議なもので、今の世の中、

「こんな美味いもの、どーやってつくるの?」

と言ったお皿が何皿も何皿も提供される。俺は美食家じゃないので、「だいたいなものは美味いもの。」という公式に従い、出されたものは大抵は文句も言わずたいらげる。運ばれたお皿は、ピリ辛のたれがかかった蒸し鶏や、小さなグリーンカレーや、野菜とフルーツをエスニックドレッシングで和えたサラダや、ナッツとパプリカと茄子を胡麻のディップで和えたものとか、その他、俺の好みで生ハムを追加して、あとは定番で白ワインを一本空けた。

百合阿は、

「十七日には商品持って来るから、常さんの会社行ってもいいよ。」

と言ってその夜は終わりになった。


木嶋百合阿とはもう十年近い付き合いだ。今年で四十五にはなっているはずだ。俺が今四十八だからね。当時百合阿は派遣社員だったのだけれど、いわゆる格差処遇の派遣社員とは少し違って、少しばかり専門性の高い仕事をしていた。プロジェクトのスーパーバイザーのような仕事だ。ある会社ではセミナーの工程づくりをしていたし、ある会社では引っ越しの段取り作りもしていた。その会社その会社で需要はあったらしく、俺と会ったのは、展示会商品の搬入段取りの仕事でだった。俺は出展会社に雇われて販促の仕事をしていた。彼女は言った。

「収入が安定しないのが怖ろしい。」

「見境なく仕事請けて、ようやく世間の月給が出る感じ。」

それでも、世間の男性並みの給料は出ていたはずだ。

当時から彼女には男の気配はなかった。男の影をまとわせなかったことで、百合阿は仕事仲間の男性たちと折り合いよくやってこれたのではないか。一度、独りでいる理由を聞いたことがある。彼女は言った。

「言い寄られたことがなかったから仕方がなかった。」

「男は自分の地位に値段をつけていて、『俺は高いよ。』と言った尊大な態度を取る。」

「みんな、女を前にするとお金の計算しだしたわ。」

そして、言った。

「わたしは男女の愛情なんてものは信じてはいない。」

百合阿は、十人並み以上の容姿を持っていたはずだ。


十七日に百合阿が俺の会社に来ると、俺はまた夕飯に誘った。私用に使い立てして申し訳ないこともあった。ただ、少し話がしたかった。

神田の会社の近くの洋風居酒屋で、「ブツ」は手に入った。ペンダントはトルコ石のまわりに銀細工がしてあり、銀のチェーンがついていた。石はけっこう大きい。

「うん。高校生の宝石箱の一番乗りだな。」

百合阿は自分から話し始めた。

「収入が軌道に乗ったら、少し違うことをやってみたい。」

「流行の世界とは離れたところで、十代の子たちに自分の世界を紹介してゆきたい。」

「子供を育てるよりウキウキする。」

「自分で子供産めばよかったろうに・・・・。」

「自分の人生で精一杯だったのよ。」

百合阿の不思議は、男の影を周囲に悟らせなかったことだけではない。他人の子供を厭わないことにある。子供を持って、親同士の付き合いをしてきた俺にはよく判る。父性、母性、とは一種の心の病で、ほとんどの親が自分の子供の優位性を主張している。よその子よりうちの子、と言う心理。百合阿はそういう付き合いは知らないだろう。